活動報告

岐阜大学 垣内 俊彦

特別講演

遺伝子パネルを用いた新生児マススクリーニング対象疾患の遺伝子診断の方向性とその意義

岐阜大学

深尾 敏幸

 今日は「遺伝子パネルを用いた新生児マススクリーニング対象疾患の遺伝子診断の方向性とその意義」ということでお話をさせていただきます。皆さんご存じのように2014年からタンデムマススクリーニングが拡大されて、たくさんの疾患がマススクリーニングされるようになりました。
 この新たなスクリーニングが始まり、いくつか問題点が挙がっています。一つは、19疾患プラスアルファをスクリーニングして治療することが、患者の予後の向上につながっているのか検証が必要になります。一番問題があるのは、フォローアップシステムが日本では非常に厳しいということです。個人情報保護法を盾に、半分近い自治体がその県でスクリーニングされた症例の情報を出してくれないという非常に難しい問題があります。
 もう一つはマススクリーニングを新たな疾患に対して始めるので、精密検査して診断するシステムがないといけないし、診断されたら、どこでも標準的な治療が受けられるということが大事になります。そしてもう一つは、これまでバラバラに診断されてきたものが、こうやってスクリーニングされるわけですから、日本全体のデータをまとめてエビデンスを出して世界に発信する。これが日本の先天代謝の研究の上で非常に大事だと思っています。欧米ではそういうシステムがあり、一つの国全体のデータがJIMDで公表されているので、こういうことを日本でもしていかないといけないと思います。
 そういうことで、遠藤班、今の中村班ですが、どこでも同じような治療ができるように、「新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2015」を公表し、皆さんに使っていただいていると思いますが、これから3年間のうちにこの診療ガイドラインの改訂をやっていくことになると思います。

 話は変わりますが、次世代シーケンサーが非常に革新的な進歩を遂げています。最初にヒトのゲノムを全部読むというゲノムプロジェクトが始まって、多くの国が協力し、13年、35億ドルというとてつもない金額をかけて成し遂げられました。この個人のゲノムシーケンシングが1年でできるようになり、7000万ドルまで下がったのが2007年。これが次世代シーケンサーを用いることで5万ドルまで、さらに100分の1くらいまで金額が下がり、どんどんコストが下がってきています。エクソームといわれるものは、人のゲノムの中で70Mbくらいにすぎません。そうすると、現在でも1000ドルを切るような状態ですので、10万円出せば自分のゲノムのエクソーム部分だけだったら解析できる。こういう状況まで来ているわけです。

 メガベースあたりのDNAの塩基配列を決めるのに、どれくらいの金額がかかるかというと、ここが1万ドルですね、この線は技術革新が通常のペースで起きた時にコストはこれくらい下がるだろうという経済学的なラインといわれ、そのラインに途中まで沿っていたのですが、ここから次世代シーケンサーが登場して、どっと下がりました。これは対数になっているので、1メガベースの配列を決めるのに、0.1ドル、10円という時代になり、技術の革新はすごいことになっています。こういう技術が登場してコストダウンが著しくなり、遺伝子診断が当然の時代がもうすぐそこまで来ています。

 今までは臨床症状から推察して多くの検査をし、そこから臨床診断をつけ、それを確定するために遺伝子診断をして、という流れでした。1人の珍しい代謝病を診断しようとすれば、患者さんが2週間、3週間と入院して、たくさんの検査をして、それでも診断がつかない場合もあり、非常にお金がかかります。しかし、エクソームが10万円あればできるとなると、臨床症状から診断パネル、たとえば肝腫大パネルや低血糖パネルですね、そういうものを作っておいて、症状からピッとこれを解析する、もしくは全エクソーム解析をおこない、遺伝子解析から疑われる診断の確認のために一部の検査をすれば、患者さんも負担がないですし、こういう時代がきているのかなと思っております。

 1990年代ぐらいまで、遺伝子解析が研究として成り立っていました。1人の患者さん、数人の患者さんを、ある疾患で遺伝子解析すると、それだけで論文ができていたのですが、そのころ解析した情報が今どこまで臨床に生かされているのかというと、必ずしもこの情報が全部一体化されているものではないのではと思います。
 それ以降、遺伝子解析を少ししても論文として成り立たない時代が来ていて、研究の延長として各研究室は遺伝子解析を診療の合い間をぬって、半ボランティアで行ってきました。キャピラリーシークエンスで遺伝子診断にかかる費用というのはけっこう高いです。かといって個々の研究室で次世代シークエンサーを動かすようなサンプル量はない。これが現状だったわけです。
 千葉県の「かずさDNA研究所」は昔から小児科と非常に強い関連性のある研究所で、免疫不全症候群や自己炎症性疾患の研究班とタイアップして、遺伝学的検査を一手に引き受けてやってきた実績があります。そこで新生児マススクリーニングの数が増えたこの時期に、対象疾患を集めたパネルを作って、1回で解析するのが早いだろうと考え、かずさDNA研究所と共同研究を始めました。

 なぜ遺伝子変異を同定することが重要かというと、同じ疾患でも重症度に差があり、その差を規定する最大の因子は遺伝子変異なのです。たとえばプロピオン酸血症と診断され、同じ治療をしていたら、ある人にとっては過剰診療になって余分な入院をさせることになりますし、非常に重い人にとっては、過少診療になってしまうかもしれない。この治療の反応性を遺伝子変異との関係で検討していくことが、今後の治療を考える上で大事になります。遺伝子変異を同定した症例をフォローし、そのデータを蓄積することが、今後、同じ遺伝子変異を持った症例の臨床検査、反応性、予後を推定するのに非常に役に立つ"将来へのギフト"となります。
 同一疾患であっても、遺伝子変異の組み合わせで、臨床病型が明らかになる疾患があります。たとえば脂肪酸代謝異常症ですと、かなり遺伝子型—臨床型の関連がはっきりしています。たとえばカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ2 (CPT2)欠損症は、新生児期に発症するものと乳児期に発症するものと骨格筋型があり、予後的には新生児期に発症するものは非常に悪い。乳児期に発症するものは突然死する可能性もありますが、骨格筋型だと良好です。これらは残存活性がどれくらいある変異の組み合わせかで決まってくるとわかっています。マススクリーニングで診断に至った症例の遺伝子変異を解析して、どの病型にあたるのかをみることは非常に大事な情報になってきます。

 遺伝子型の評価が治療法の決定に役に立つ例を示してみたいと思います。

 フェニルケトン尿症のBH4の反応性は、BH4の1回負荷試験をして、はっきりしないと1週間試験が必要です。遺伝子変異がBH4反応性がある変異とわかっていれば、1週間入院して検査しなくてもわかるはずです。将来的には負荷試験しなくてもBH4の反応性がある変異があれば、BH4の治療をしていいとすることが一般的な考え方ではないかと思っているところです。実際に、このフェニルケトン尿症のBH4の反応性というのは、いくつかのジャーナルで報告されていています。フランスのフェニルケトン尿症の患者さん364人にBH4を投与した時に、31.6%がBH4のresponsiveと報告されています。そしてどの変異がBH4のresponsiveか記載されています。同様のことを日本でやれば、BH4を投与する一つの指針にできるのではと思っています。

 脂肪酸代謝異常症へのベザフィブレートの投与効果についてです。ベザフィブレートは、ペルオキシソーム誘導剤のレセプターであるPPARを誘導し、β-酸化系酵素の活性を上げるということが昔から知られています。これまでに、CPT2欠損症、極長鎖アシル-CoA脱水素酵素欠損症、三頭酵素欠損症においては、これらの疾患の線維芽細胞にベザフィブレートを加えて培養することによって、ミスセンス変異の種類によってはβ-酸化系の残存活性が上昇するというのがわかっています。そのうち極長鎖アシル-CoA脱水素酵素欠損症、三頭酵素欠損症の欠損細胞へのベザフィブレートの効果に関する研究は、フランスのJ. Bastinと島根大学の山口清次先生、私の共同研究を行ってきました。日本の症例における変異の重症度の解析も行ってきていますので、どういう症例でこういう薬を使えるかというのを見るのに変異の情報は非常に役に立つと考えます。ベザフィブレートの臨床治験を今、日本でも行っています。

 プロピオン酸血症ですが、PCCBのY435Cという変異は日本のプロピオン酸血症の症例の多くに見つかる変異です。この変異のホモの人、この変異と他の変異をヘテロで持っている人が、実際にマススクリーニングで多く見つかってきます。但馬先生の研究では、パイロットスクリーニングを含む新生児マススクリーニングでみつかった症例の88例のうち67例が遺伝子型を確定していて、そのうちの40例はY435Cのホモで、20例がY435Cとその他の変異の複合ヘテロ接合体であって、7例だけがY435C以外の変異だというのがわかっています。そして新生児マススクリーニングで見つかった症例というのは、誰一人、臨床症状を示していないということです。ですから、Y435C変異を持っていたとしてもこれを変異として患者と考えるのか、発症しないのであればこれはポリモルフィズムと考えて、疾患として診断しない方がいいのか、今後問題ではないかと思っています。プロピオン酸血症と診断されると保険に入れないです。こういうものを除外していくのも、今後の方向性として重要でないかと思っています。

 メチルマロン酸血症です。メチルマロン酸血症といってもコバラミン代謝に関係するものもあるわけで、どれに属している患者さんを自分は診ているのかを決めてから、治療していくということが非常に大事です。これも遺伝子変異を同定してフォローすることが役に立つと思います。

 グルタル酸血症2型は新生児期から乳児期に発症して、非常に予後は悪いですが、欧米からの報告で、遅発型といって、新生児期以降の発症で、かなり発症の遅いタイプが多く、98%がリボフラビン反応性だったと報告されています。海外の報告と日本の遺伝子型がどう違っているか、海外の症例と同じ遺伝子型であれば、リボフラビンを大量に投与する治療を行う必要があるということで遺伝子型がわかると役に立つと思っております。

 3年前に、「新生児タンデムマススクリーニング対象疾患の診療ガイドライン改訂、診療の質を高めるための研究」AMED深尾班が、遠藤班(のちに中村班)と並列した形で始まりました。遺伝子変異を同定して患者をフォローするのを一つの大きなテーマとして、ガイドラインの体系に遺伝子の情報を盛り込んで、診療の質を高める研究を始めました。この3月で第1期の3年が終わりましたので、ご報告したいと思います。新生児マススクリーニングの2次対象疾患を含めて、全部の遺伝子を集めると約60遺伝子になります。この遺伝子パネルを作成し、遺伝子解析を行うシステムを構築しました。
 研究班のホームページから、解析依頼書をダウンロードして、メール添付で岐阜大学の事務局に送付、事務局で検体番号をつけて疾患担当医に情報を送る。疾患担当医が検査の適応の判断をして、DNA解析の承諾書をこの主治医に送付、主治医が両親から承諾をとって、採血した血液が岐阜に送られます。岐阜でDNAを精製、匿名化し、かずさDNA研究所に送る。かずさDNA研究所から60遺伝子を遺伝子解析したデータが事務局送られ、事務局と疾患担当医の先生がディスカッションし、疾患担当医で報告書を作成、事務局を経由し主治医に報告、その過程で日本先天代謝異常学会患者登録システムJaSMInへの登録をお願いしています。
 最初は、遺伝子パネルの解析にMultiplex PCRという方法を使っていました。途中からCapture Probe法に変更されました。Capture Probe法というのはそれぞれのエクソンの配列のところをキャプチャーして解析します。こちらでは、定量的なコピーナンバーバリエーションも解析できるようになって、片方のアレルのエクソン2と3だけが欠失しているというのも判定可能です。
 2015年度の解析は、2014年の1月1日以降に生まれた人だけに限っていました。62例解析して、JaSMInの登録も約半数で登録していただきました。2年目は、約120例の解析をしました。典型例の過去の症例も含んで解析することとなり120症例を解析し、JaSMInの登録も70症例あり、患者登録にも貢献できたと思っています。
 2年間の解析症例数ですが、プロピオン酸血症が多く、後はフェニルケトン尿症、メチルマロン酸血症、極長鎖アシルCoA 脱水素酵素欠損症の順になっています。メープルシロップ尿症などは、まれですが、遺伝子も5つあり遺伝子解析までできていなかった症例が蓄積されていたので少し解析数が多かったと思います。
 遺伝子パネルでの遺伝子変異同定は、両方のアレル変異同定が71%。片方アレル変異だのみ同定が13%です。同定できていない症例が少しあるのは疾患疑いで解析を依頼され、診断が怪しいものもありましたので、実際にはかなりの率で遺伝子変異を同定できていると考えます。
 3年間症例を蓄積してきましたので、今後アンケート調査を行って、実際に遺伝子診断した症例がどういう経過をとっているのか、追跡調査をやりたいと思っています。これから3年間、深尾班は続く予定になっていますので、そこで解析をしていきます。

 今年からシステムが変わったところがありますので、お話しします。班の名前は、「新生児マススクリーニング対象疾患等の診療に直結するエビデンス創出研究」となりました。新生児マススクリーニング対象疾患の多くは、現時点で保険診療として遺伝学的検査ができる疾患です。ただこれまでその保険点数で検査をやってくれるところがありませんでした。
 遺伝子解析を全部研究班費用でやろうとするとそれだけの研究費がないこともあり、かずさDNA研究所では、保険診療で遺伝学的検査が出来る疾患は、保険の範囲内で検査をしようということで動き出しています。保険収載でできないものは、今まで通り、研究費で解析していきます。どちらにしても、情報をできるだけ研究班として集めて、今後のフォローにつなげたいので、フォローアップ研究への参加を依頼し、レジストリーへの登録も依頼していきます。
 保険診療外の疾患の解析は、今まで通り、ホームページから解析依頼用紙をダウンロードして岐阜大学に送ってもらい、疾患担当医の先生と相談して、承諾書を発行して等、これまで同様に行います。ただ予算がかなり縮小しており、50検体くらいしか解析できないと思います。
 遺伝子診断を保険診療で行う疾患については、システムを変更し、かずさDNA研究所が衛生研究所として、DNA解析を研究としてではなく検査事業として行います。今まで通りホームページで遺伝子解析依頼書をダウンロードして、症例の情報を記載して事務局に送付してもらい、疾患担当医から、フォローアップ研究に参加してもらうように依頼を出します。DNAの解析についてはかずさDNA研究所と病院が契約してもらうことになります。承諾書をかずさDNA研究所に送り、研究の参加承諾は岐阜大学に送ってもらいます。かずさDNA研究所ででたDNA解析結果については、主治医を介して、こちらの疾患担当医の方で遺伝子検査結果の解釈をした報告書を作成し、主治医の先生が結果を説明する。このように研究班がある程度関わって、フォローアップできるようなシステムを考えております。

 もう少ししましたら、ホームページにこの変更の説明を詳しく書いて、皆さんにご理解いただけるようにしたいと思っております。これからまた研究として続けていきたいと思いますので、皆さまにもご協力いただけると幸いです。

活動報告一覧へ戻る▶